いままで、完全に「敗戦」派だったわたしですが、調べてると、「終戦」派にも、合理的理由があることを知りました。
敗戦か、終戦か
「敗戦」派でいいのか。
疑問に思うきっかけとなった動画がありまして、こちらです。
大学受験で有名な日本史講師・竹内睦泰の動画です。
ちなみに、公式で公開されている合法動画ですので、安心してご覧ください。
天皇陛下のお言葉
動画29分40秒からの、竹内先生の解説を文字で起こしてみます。
(御前会議において昭和天皇は)「国民のためには、もはや戦争は終わらしたほうがいい。」
「陛下のご裁可がくだった!」ということで、勅命がくだるんです、ここで。
参考までに言っときますが、敗戦したのではありませんよ。
天皇陛下は、世界の平和と国民のために、戦争を終わらしただけですからね。敗戦じゃないですよ。
終わらせよう。任重くして道遠し、と言ってます。
「終戦」は、天皇陛下のお言葉なのか~。
軽いショックを受けましたね。
いろいろ考えたのですが、天皇陛下のお言葉って、「終戦」派の強い理由になるな~と思ったわけですよ。
天皇陛下のお言葉は「終戦」派の理由にはならない?
で、ネットで調べてみると、「終戦」派の人は、予想以上にネット上で目立ったのですが、残念ながら(?)、「天皇陛下のお言葉」を理由に「終戦」派を唱えている人は、そんなに多く無かったですね。
竹内説は、少数説なのかな?
「終戦」派で一番納得した理由
いくつか「終戦」派が挙げる理由のなかで、わたしに一番説得的だったのは、「敗戦という言葉には、次は勝つ。やり返してやるという意味が含まれる」という指摘です。
「敗戦」という言葉は、勝敗へのこだわりがあり、次の戦争に備えるというニュアンスが含まれる。
一方、「終戦」には、これで戦争を終わりにするという積極的意味も含まれる。
要するに、「終戦」という言葉のほうが、より平和への希求が含まれ適切という指摘です。
なるほど~。「終戦」のほうが、より平和的という視点は無かったです。
「敗戦派=リベラル」と単純化はできない
単純に、
「敗戦」派=リベラル
「終戦」派=保守
という図式は描けなくなってるみたいですね。
むしろ、逆の現象すら生じているようです。
左翼系の人は「敗戦」から「終戦」へと変化し、右翼系の人は「終戦」から「敗戦」へと変化しているという、ねじれ現象があるらしいです。 http://tl.gd/36d5bi
— K_藤巻 (@k_fujimaki) 2010年8月17日
参考になる記事(おもに「終戦」派の記事)
勉強になった記事を、いくつかご紹介します。
「終戦」か「敗戦」か?
(論評:てっとり早く「終戦」派の理由を知りたい方は、この記事がおすすめ)
https://togetter.com/li/43245
「敗戦」か、「終戦」か
(論評:くわしく「終戦」派のロジックを知りたい人は、この記事)
http://article9.jp/wordpress/?p=1072
「終戦記念日」というのは?
(論評:『いつから終戦記念日という言葉が使われるようになったか』など、事実確認するときに)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-08-14/ftp20080814faq12_01_0.html
「終戦」と「敗戦」
(論評:武田邦彦教授の動画記事。「敗戦」派から、「終戦」派への転向の説明がわかりやすい)
http://takedanet.com/archives/1062639445.html
無条件降伏は「終戦」か「敗戦」か、それとも「解放」か?
(論評:ドイツからの視点が興味深い)
http://agora-web.jp/archives/1480978.html
終戦か、敗戦か?
(論評:小林よしのりさんの記事。「戦闘終結と戦争終結は違う」という話)
https://yoshinori-kobayashi.com/7292/
まとめ
これまで漠然と、
「終戦」なんて言葉は、戦争責任をあいまいにしたり、手痛い敗北を隠蔽するためのごまかしであって、「敗戦」が正しいでしょ~
と思っていたのですけど、今回調べてみて、それほど単純に割り切れないことを知りました。
とりあえず、わたしは「終戦」派に変わりました。